日本のホンダやヤマハが世界GPで勝てるようになるまで、4st 4気筒のマシンで世界GPで常勝し続けていたのが、イタリアのMV AGUSTAです。
GPでの優勝数は、やっと今年になってホンダが破ったほどです。汚れた英雄の原作でも、主人公はMV AGUSTAに乗って勝つのです。
イタリア人にとってMV AGUSTAはまさに輝ける栄光の象徴、二輪界における(戦前の)ALFA ROMEOと(戦後の)Ferrariを合わせたメーカーと言ってもよいでしょう。
しかし、GPで日本製マシンに負けるようになり、GPから撤退したMVは、市販車のみ、それもレースに出られないように、チェーン駆動ではなく
シャフトドライブのバイクを作るようになります。市販したバイクを改造して出たレースに負けることを嫌ったためと言われます。
それほどまでに、MV AGUSTAのブランド力にこだわったワケです。
しかし、70年代になってオーナーのアグスタ伯爵が亡くなると、市販車も日本製オートバイに駆逐され、ついにはそのブランドは航空機などに名を残すのみとなりました。
MV AGUSTAは、まさに、伝説のブランドになってしまったのです。
ところが、1990年代に入って、伝説のMV AGUSTAブランドが復活しました。
仕掛人は、高価で理想主義的なバイクを作ってきたメーカーbimotaのta(bimotaは設立者3人の頭文字)でありながら、
その完璧なまでの理想主義故にbimotaから離れざるを得なかったタンブリーニと、
今やイタリアを代表する二輪メーカーの一つCAGIVAの総帥カステリョーニでした。
二人ともに、MV AGUSTAのブランドにかつてのイタリアンバイクのプライドを持ち続けており、いつかはこのブランドを復活させるのだと考えていたようです。
CAGIVAの資本力と、タンブリーニの理想主義的な設計が合体し、現代にMV AGUSTAのブランドが復活することになったのです。
再興したMV AGUSTAの最初のマシンであるF4のプロジェクトは、90年代前半からスタートしました。当初はエンジンの設計は、何とFerrariが行ったものの、
最終的にはラジアルバルブというFerrariエンジンの特徴のみが残されました。このエンジンを設計したリカルド・ローザは、ALFAやFerrariのレースエンジニア
という経歴を持ち、CAGIVAのGPレーサーを勝てるマシンに仕上げた人です。F4のエンジン開発後は、同じくかつてのGPを
席捲した Benelliに移籍し、Tornado 900の3気筒エンジンを作っています。
いずれにしても、F4はALFAやFerrariに縁があるマシンには間違いないわけです。
また、フレームはタンブリーニお得意のトラスト形状のもので、同じタンブリーニ設計のDUCATIの916/996に非常によく似ています。
この手のバイクでは一般的なアルミ合金のツインスパーに比較して、トラスト形状フレームではエンジンをストレスメンバーとすることが
でき、エンジンを抱え込むような形で幅を小さくできるため、全体的にコンパクトなバイクにすることができます。
もっとも、これはエンジン設計とも密接に関連することですから、フレーム単体ではなく、トータルなデザインが必要です。
750cc 126ps/12,500rpm というスペックは、モンスターとも言える現代のリッターバイクに比較すれば、たいしたものではありません。
しかし、その操縦性は、DUCATIのように飛ばして初めて堪能できるようなものではなく、比較的低速域から楽しむことができる上、
素晴らしいハンドリングは、他に比較しようがないとまで言われています。
F4は、世界限定300台(国内限定25台)の F4 Serie ORO(国内価格580万円!)としてデヴューしました。
ホイール、スウィングアームなどはマグネシウム合金、外装はカーボンファイバーと、その素材を聞いただけで、高価な理由が分かります。
しかし、単に高価な素材やデザインだけでなく、パーツとしての細かい作り込みやその組み合わせが機能的でかつ美しく、またレーシングマシンと同様のクオリティで作られており、いわゆるイタリアンジョブからは
かけ離れた高度な作りです。
F4 Serie ORO発売後にデリバリーが開始されたF4Sは、言うなればSerie OROの廉価版であり、限定品ではありません。しかし、廉価版とはいえ、当初国内価格は305万円(その後値下され258万円)とされ、
依然として高価なバイクです。
F4Sでは、ホイール、スウィングアームなどがアルミ合金、外装は樹脂製となり、エンジンまわりのパーツが生産性の高いものに置き換えられており、
重量は10kg増加の190kgとなっています。しかし、試乗比較記事によりますと、実際に乗り比べてもその差は極めて小さいものであり、
依然として世界最高のハンドリングをもったバイクであると言われています。
私は中型二輪免許を取得して、かれこれ20年ほどになろうとしていますが、軽量でパンチのある
2stのバイクが好きで、大型バイクに乗りたいと思ったことはありませんでした。
しかし、時代は2stバイクの新規登録を不可能とし、すでに10年以上乗り続けた愛機'88 NSR250Rをこのまま主戦力とするには
問題があるように思えてきました。
そんな折、ふと雑誌で出会ってしまったのが、MV AGUSTA F4Sだったのです。
確かに高価なバイクです。しかし、以前は一年か二年に一度は新しいバイクを買ってきました。
10年以上も同じバイクに乗り続けてきたのですから、これくらいの贅沢は許されるのではないか
とも思いました。
何はともあれ、実車を見ないことには始まりません。1999年10月末、友人が勤める福田モータースに、いきなり行ってみることにしました。
F4 Serie OROはすでにデリバリーが終了していましたが、F4Sのデリバリーは2000年1月15日であり、実際にモノがあるとは思いませんでした。
しかし、カタログでも何でも情報が欲しかったのです。
福田モータースに行き、久々に逢った友人にMVの話をしたところ、なんと社長が買った Serie OROが工場にあるというではありませんか。早速、見せてもらうことにしました。
なんと美しいバイクでしょうか。外装のカラーとかカウルの形とか、そういうことではありません。作りが実に綺麗なのです。
お願いして、またがらせてもらい、エンジンをかけて軽くレーシングさせてもらいました。
「これはいい。」そう思いましたが、まだ買う決心には至りませんでした。
「とりあえず、見積書出しましょうか?」
「はい」
というやり取りは確かに覚えています。
しかし、家に帰った私がもっていたのは、注文書でした(^^;;;。
それから、大型二輪免許を取りに、近くの教習所に行きました。ちょっとしたトラブルはありましたが、 問題なく免許は取れました。あとは、2000年2月の納車を待つだけです。あと3ヶ月....。
しかし、その後ディーラーから入った連絡は、実に厳しいものでした。
「F4Sですが、納車が遅れます。まだいつになるか分かりません」
そして
「この分だと、4月くらいですかね」
そして
「すみませんが、納車予定は6月になりました。」
遅れている理由は、タンブリーニの完全主義のため、検査をパスするバイクが少ないのだとか。
単なるイタリアンジョブではなさそうです。しかたがありません。良いモノが来るならいいでしょう。
あの宝石のようなバイクのためなら、半年やそこら待ちましょう。
でも、来年になるのは勘弁してくださいね。
と言うワケで、一瞬だけ展示されたF4Sと、社長のF4 Serie OROの写真をご紹介します。 (写真は1999年12月)
撮影データ: Max2号(Nikon CoolPix950)